西瓜を食べる館千
「あの頃の貴様は、まるで切支丹のいうところの天使のようだった」
と、後に館林は語っている。
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初夏。
これでもかと太陽の光を浴びている陽樹の足元に、ひっそりと寄り添う陰樹。
館林家の所有する雑木林のなか、大きな切り株を中心にぽっかりと開けた空間を、館林開は秘密基地の一つとして気に入っていた。
ごろんと横になっていると、芝生で背中がチクチクする。
この感触が気持ち良い。
伸びた陽樹の葉が交差して空を覆い、隙間から溢れる光が眩しい。
この眩しさが心地良い。
たまに身体を這い上がってくる蟻。
汗ばむ肌に感じるこそばゆい感触に、笑いが込み上げてくる。
生命に囲まれたこの場所は、とにかく開の心を躍らせる。
さらに心を躍らせるのは、切り株に座って読書している千家伊織という存在。
伊織は、開とは同級であった。
他の学友とは違い、雰囲気が大人びている。
学校では、見た目の美しさも相まって、皆がこぞって声を掛けようとする。
そうした環境であっても、伊織は軽くあしらうことが多い。
だが、開が秘密基地に招けば、こうして遊びに来てくれる。
誰に言うわけでもない、優越感を胸に仕舞う。
光の欠片を浴びて、艶々と輝く黒い絹髪をうっとりと見つめながら、開は起き上がって、伊織の隣に腰を下ろした。
「今日は何を読んでいるんだい?」
「ギルガメシュ叙事詩」
「どんな話?」
「英雄の一生、かな」
「へ~!面白そうだね。読み終わったらその本を借りても良い?」
「良いよ」
ちらりとこちら見て、淡く笑う伊織。
開は、満面の笑みを返した。
二人で秘密基地にいるとき、いつもこんな風に過ごしている。
ゆっくりと流れる時間。
気持ちが良い。
空間の全てを満喫していると、近くの陰樹がガサガサと揺れた。
二人してそちらを見ると、ひょっこり爺やが現れた。
「開ぼっちゃま、伊織様。お暑いでしょう。西瓜をお持ちしました」
室内と全く同じ出で立ちで、爺やは白く優雅な食器と、真っ赤な西瓜の乗ったトレイを差し出した。
「わぁ、西瓜だ!」
無邪気に喜ぶ開の横で、伊織は訝しげに爺やを見た。
なぜここがわかったんだろうという眼差しだ。
笑んだままの爺やは、切り株の端にトレイを置き、失礼いたします、と帰って行った。
綺麗に三角に切られた西瓜が四切れ。
そこに銀のスプゥンが2本添えられている。
「伊織くん、食べようっ」
毎年のように爺やが出してくれる西瓜は、いつもよく冷やされていて甘い。
今年は初めて食べる。
「……赤い、ね。」
「そりゃあ西瓜だもの」
何を言ってるんだとばかりに、開は首を傾げた。
西瓜を一切れ子皿に取って、スプゥンと共に伊織に渡す。
困惑した様子で、伊織はそれを「ありがとう」と受け取った。
開は、自分も同じように取って、いただきます、と食べ始めた。
「冷たくって美味しい」
思わず笑顔になる。
今日、開の頬は緩みっぱなしだ。
シャクシャクとスプゥンで掬い取り、手を少し汚しながらもあっという間に一切れ食べた。
ふと伊織の手元を見ると、全く手をつけていない。
「食べないの?もしかして嫌いだった?」
ごめんね、と言い出しそうな開を見て、伊織は慌てて首を振った。
「ち、違うんだ、その、僕、…食べたことがなくて」
汚れるからって、小鳥のような儚い声でそう言って、気まずそうに俯いた。
「そうなんだ…じゃあ僕が食べさせてあげようか」
こんなに美味しいのに、と驚きつつも、開は名案を思いついたという顔をした。
「え?」
「伊織くんの手が汚れないように、僕が食べさせてあげる」
にっこりと笑って、伊織の小皿とスプゥンを手に取る。
一番甘い頂点を掬って、伊織の小さな口に差し出した。
「はい」
むかし姉がよくやってくれたように、開は「あーん」と合図を言った。
伊織は少し照れた様子で、口を開けた。
ちらりと見えた赤い舌の上に、銀のスプゥンを乗せる。
口を閉じると、スプゥンの形に唇が少し歪んだ。
なぜかその唇から目を離せないまま、開はスプゥンを引いた。
「どう?」
照れ隠しに、感想を求める。
「冷たくって甘くって、すごく美味しい」
冷たい甘味に、伊織は思わず笑みを零した。
そんな伊織を見て、開もにっこり笑った。
激しく騒ぐ胸は、初夏の暑さに紛らわせた。
それから十数年。
初夏。
館林邸、当主私室(洋室)。
ソファに腰掛けているのは、本を片手に持った千家伊織その人であった。
質素でありながら優雅なデザインの扉を開けて、当主が入ってきた。
「千家、西瓜を食べないか」
片手にトレイを持っている。
「手が汚れる」
見向きもせずに読書に没頭する友人。
「全く、貴様は変わらんなぁ…」
トレイをテェブルに置き、やれやれといった様子で千家の隣に座る。
と、館林は、西瓜を銀のスプゥンでひと掬いし、千家に向けた。
「ほら」
千家は、そんな館林を横目で見て、黙って口を開けた。
館林は、ちらりと見えた赤い舌の上に、銀のスプゥンを乗せる。
千家が口を閉じると、スプゥンの形に唇が少し歪んだ。
昔と同じようにスプゥンを引き、皿の上に置いた。
西瓜の水分で濡れた唇に、吸い寄せられるように唇を寄せる。
ひんやりしたそれを何度か吸い、舌でやんわりと開かせる。
奥にある赤い果肉を弄り、味わう。
「ん…っ」
鼻から抜けた声が、館林の肉欲を煽る。
ちゅ、と一度二人は離れ、目が合った。
「冷たくて美味いな」
館林はそう笑って、千家を押し倒した。
「…馬鹿が」
千家は、館林の背中に手を回した。
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