見合い話の館千5
これで完結です。
館千バッドエンド。
________
有志の将官として千家伊織を選出することを決定した他、諸々の議事を経て会議は終わった。
各々が席を立って帰っていく中、館林は千家の背を追った。
「待て!千家!!」
らしくなく職場で大声を上げる。
歩みを止めない千家の肩を掴んで、無理やり振り向かせた。
「…痛い」
鬱陶しげに千家が顔を向けた。だがそんなことは関係ない。館林は千家の腕を掴み、資料室へと連れ込んだ。つい先日、ちょうど鍵を預かったばかりだった。
「どういうことだ」
思わず声が低くなる。今大陸へ渡って陣頭指揮を執るということは、命を失う可能性が極めて高い。短い間とはいえ、同じ屋根の下で暮らした二人である。どうして何も言ってくれなかったのか。
「…どうもこうも、会議の通りだが」
呆れたように千家が首を傾げた。この男は頭が切れすぎるきらいがあり、ときおりこうして他者の考えが理解できぬという素振りを見せる。今はこの態度が、館林をさらに苛立たせた。
「なぜ一言、私に言わなかった…!」
胸ぐらを掴みたい衝動をぐっとこらえ、語尾が震えた。
そんな館林を見て、千家は心底不思議そうに尋ねる。
「なぜ貴様に言う必要がある。大陸進出の仕事は貴様の今の職務とは関係なかろう。その方面の決定権を握っている重鎮共には根回ししておいた。だからこそ今日、あっさりと私の選出が決まった」
一時期とはいえ、熱く交わした夜が嘘のようだった。
「貴様はもう、私を…」
拳を握りしめて、声を絞り出した。
「言うな。…貴様はあの女性と夫婦になり子をもうけ、家族を、國を護る。私は大陸へ渡って尽忠報國を貫く。ただそれだけだ」
千家の長い睫毛が伏せられ、視線は絨毯に落ちた。
「違う!貴様も見合いをして、子を」
館林はこちらを向かせようと、千家の両方を掴んで揺すぶった。だが千家の視線は落ちたまま。
「言うな!」
千家は、肩にかかった手を静かに払い除けた。
ゆらりと距離を取って、館林を斜に見つめた。
「私のためと言うが…貴様が」
「貴様が安寧な、普通の生活を送りたい。世間に認められ、子をもうけ、期待通りに家を護り継いでいく。そんな生活を送りたいのだろう。私のためではなく、貴様が。」
「違うか?」
立て続けに言葉を投げられ、館林は絶句した。
千家のためだと、確かに今でも思っている。
だが、それがすべてだろうかーー。
否。
自分が、世間に認められたい。
千家との関係を貫く勇気がなかった。
千家のためと偽善の皮を被り、結局は自らのために軌道修正したのでは。
ーそうではなかったか?
直視したくなかった本心を突かれ、館林は声が出ない。
目を見開いたまま千家を見やった。
そんな館林の様子を見て、千家は表情を和らげた。
何もかも諦めたように、儚げに。
「勘違いするな。責めているわけではない。…貴様の思考は、至って常識的で、正しい」
震える両手で、館林は顔を覆った。
醜く弱い己を、それでも千家は責めない。
それが余計に自身の醜悪さを際立たせる。
優しさと寛容さを見せる千家に対して、嫉妬と憎悪さえが混じる。
「もし生きて帰れたら、次は貴様の子供の顔を見に来る」
そう言い残して、千家は資料室の扉を開けた。
そして振り向かないで、出て行った。
「待て…待ってくれ……千家……!」
手を伸ばしても届かない。
館林が離してしまった。
保身のために、自ら突き離して、失った。
「千家ェ…!!!!!」
館林の叫びは、もはや千家を留めはしなかった。
数ヵ月後、千家は大陸へ出陣。
欧米諸国の新兵器投入により部隊は壊滅。今作戦は大幅な見直しを迫られた。
千家は祖國へ戻ることなく、消息は不明となった。
一方、館林は、千家の大陸出陣と同時期に婚姻を結んだ。
千家の言葉を信じ、子をもうけようと努力したものの、結局は成らなかった。夫の狂気じみた子孫への想いは妻の精神を圧迫し、彼女は心を閉ざした。そんな妻を持て余した館林は、何もかもに絶望していた。そこへ、部隊壊滅、千家消息不明の一報が入り、館林は妻と心中を図った。
野次馬な國内報道は、原因を推測し合っては、その部数を少し伸ばした。
了
4へ
館千バッドエンド。
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有志の将官として千家伊織を選出することを決定した他、諸々の議事を経て会議は終わった。
各々が席を立って帰っていく中、館林は千家の背を追った。
「待て!千家!!」
らしくなく職場で大声を上げる。
歩みを止めない千家の肩を掴んで、無理やり振り向かせた。
「…痛い」
鬱陶しげに千家が顔を向けた。だがそんなことは関係ない。館林は千家の腕を掴み、資料室へと連れ込んだ。つい先日、ちょうど鍵を預かったばかりだった。
「どういうことだ」
思わず声が低くなる。今大陸へ渡って陣頭指揮を執るということは、命を失う可能性が極めて高い。短い間とはいえ、同じ屋根の下で暮らした二人である。どうして何も言ってくれなかったのか。
「…どうもこうも、会議の通りだが」
呆れたように千家が首を傾げた。この男は頭が切れすぎるきらいがあり、ときおりこうして他者の考えが理解できぬという素振りを見せる。今はこの態度が、館林をさらに苛立たせた。
「なぜ一言、私に言わなかった…!」
胸ぐらを掴みたい衝動をぐっとこらえ、語尾が震えた。
そんな館林を見て、千家は心底不思議そうに尋ねる。
「なぜ貴様に言う必要がある。大陸進出の仕事は貴様の今の職務とは関係なかろう。その方面の決定権を握っている重鎮共には根回ししておいた。だからこそ今日、あっさりと私の選出が決まった」
一時期とはいえ、熱く交わした夜が嘘のようだった。
「貴様はもう、私を…」
拳を握りしめて、声を絞り出した。
「言うな。…貴様はあの女性と夫婦になり子をもうけ、家族を、國を護る。私は大陸へ渡って尽忠報國を貫く。ただそれだけだ」
千家の長い睫毛が伏せられ、視線は絨毯に落ちた。
「違う!貴様も見合いをして、子を」
館林はこちらを向かせようと、千家の両方を掴んで揺すぶった。だが千家の視線は落ちたまま。
「言うな!」
千家は、肩にかかった手を静かに払い除けた。
ゆらりと距離を取って、館林を斜に見つめた。
「私のためと言うが…貴様が」
「貴様が安寧な、普通の生活を送りたい。世間に認められ、子をもうけ、期待通りに家を護り継いでいく。そんな生活を送りたいのだろう。私のためではなく、貴様が。」
「違うか?」
立て続けに言葉を投げられ、館林は絶句した。
千家のためだと、確かに今でも思っている。
だが、それがすべてだろうかーー。
否。
自分が、世間に認められたい。
千家との関係を貫く勇気がなかった。
千家のためと偽善の皮を被り、結局は自らのために軌道修正したのでは。
ーそうではなかったか?
直視したくなかった本心を突かれ、館林は声が出ない。
目を見開いたまま千家を見やった。
そんな館林の様子を見て、千家は表情を和らげた。
何もかも諦めたように、儚げに。
「勘違いするな。責めているわけではない。…貴様の思考は、至って常識的で、正しい」
震える両手で、館林は顔を覆った。
醜く弱い己を、それでも千家は責めない。
それが余計に自身の醜悪さを際立たせる。
優しさと寛容さを見せる千家に対して、嫉妬と憎悪さえが混じる。
「もし生きて帰れたら、次は貴様の子供の顔を見に来る」
そう言い残して、千家は資料室の扉を開けた。
そして振り向かないで、出て行った。
「待て…待ってくれ……千家……!」
手を伸ばしても届かない。
館林が離してしまった。
保身のために、自ら突き離して、失った。
「千家ェ…!!!!!」
館林の叫びは、もはや千家を留めはしなかった。
数ヵ月後、千家は大陸へ出陣。
欧米諸国の新兵器投入により部隊は壊滅。今作戦は大幅な見直しを迫られた。
千家は祖國へ戻ることなく、消息は不明となった。
一方、館林は、千家の大陸出陣と同時期に婚姻を結んだ。
千家の言葉を信じ、子をもうけようと努力したものの、結局は成らなかった。夫の狂気じみた子孫への想いは妻の精神を圧迫し、彼女は心を閉ざした。そんな妻を持て余した館林は、何もかもに絶望していた。そこへ、部隊壊滅、千家消息不明の一報が入り、館林は妻と心中を図った。
野次馬な國内報道は、原因を推測し合っては、その部数を少し伸ばした。
了
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